東日本大震災で起こった原発事故で、多くの専門家が「想定外」という言葉を発していました。専門家なのにずいぶん頼りなく見えたことを覚えています。思いもよらない事態が起こると、人は思考停止に陥ってしまいがちです。
僕の能の先生は、「臨機応変」という言葉をよく使います。能などの伝統芸能は型が決まっています。しかし、上演当日はさまざまな想定外のできごとが起こります。プロであっても間違えることもあります。舞台の大きさも能舞台それぞれ異なっていて、普段と違う状況が生まれます。しかし、想定外のできごとが起こっても、その状況に合わせて舞台を成立させることが重要であり、そのための型です。型は四角四面のものではなく、状況に合わせた柔軟性を持ったものなのです。能は「型にはまったもの」などではなく、むしろ「自由自在なもの」なのです。
仕事も同様です。膨大なタスクを適切にスケジュール管理をし、自分でやる必要のない仕事をクラウドソーシングし、途中でもどんどん仕事を提出して進めていっても、突発的なできごとが起こります。問題はそこで思考停止に陥ることなく、そのできごとに柔軟に対応すること。
そのためには、入念に準備したものを一度手放す必要があります。準備すればするほど、そしてその準備したものに執着すればするほど、新しい事態に対応できなくなります。一度準備したものは忘れて、曇りなき眼で事態を受け止め、即興的に対応する。
そのスタンスを「Yes, And」と呼びます。どんな状況であっても、まずはそれをYesで受け入れて、そこで自分からのその状況にAndで関わっていく。普段の生活の中では、不都合なことが起こっても、「でもね」とNoで否定してしまいがちです。もしくは、Yesで受け入れたふりをしながら、Yes, Butというように、状況に即した対応を拒否してしまいがちです。
この即興力を鍛えるトレーニングに社長ゲームというものがあります。ひとりが社長役となって、会社に起こるさまざまなトラブルの報告を受けます。その報告に対して、それがどんなにたいへんなできごとであっても「それはちょうどいい」と対応するのです。たとえば、「会社のお金が盗まれて明日、倒産します!」という報告があれば、「その悲劇を公表することで多くの人の共感を喚起して、再生しよう」というようにポジティブに活用するのです。
僕自身、プロジェクトではさまざまな一見ネガティブなできごとが多々起こります。そのできごとをポジティブに転換するのが、プロデューサーの手腕なのです。