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アブダクションは、前提として不完全な知識が前提となる。完全な知識を手にしているという前提では、アブダクションも演繹も区別はつかなくなる。
本稿ではまずアブダクションの役割を再検討して、アブダクシ ョンはそもそも不完全な知識が前提であること、その不完全な知識をもちいて新しい状況に適応する仕組みであるということであることを示した。それは抽象的には無数の知識から関係性を発見していくプロセスである。
こうした「不完全な知識をもちいて新しい状況に適応する仕組み」と考えると、これはまさに、イノベーションが起こっている領域で欠かせない推論だということはわかるだろう。すでに完全に近い知識を獲得している成熟市場においては、その打ち手は演繹的に導き出せる。しかし知識のない領域、新しく知識を獲得していかなければならない領域では、アブダクションによる推論が欠かせないのである。
また、上記の「無数の知識から関係性を発見していくプロセス」という記述からは、シュンペーターがイノベーションを定義した際の「新結合」というキーワードも連想させる。
不完全な知識という状況に置かれる即興
またこのことは、即興(インプロヴィゼーション)がアブダクション思考のトレーニングに効果的であることを示すことにもなる。舞台の上で、職業や性別など、限られた情報が与えられ、その限られた情報の中から物語を作っていく即興劇の場面は、まさに「不完全な知識をもちいて新しい状況に適応する」ことが求められる。そうした環境に置かれることで、アブダクションによる推論をせざるを得ない状況へと、人を追い込むのである。